『りずむ』第六号 もくじ(2017年3月刊行)

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りずむ 第六号 —文学の東西、文明としての戦後ー

*はじめに       橋元淳一郎

*「遠いおとぎの国」へのメッセージ

—トーマスマンから「日本への新年の挨拶」、1947-1954 — 
                                                        ヴォルフガング
. シュヴェントカー

『ペスト』再読                  東浦 弘樹

*戦後の肉体— 彫刻、マネキン、額縁ショウ      平瀬礼太

*文学にみる東西— 志賀直哉と谷崎潤一郎の関西移住—     呉谷 充利

*池田小菊未発表原稿   朝顔        翻刻・解説   吉川仁子  弦巻克二

宇宙の絨毯模様――時空とリズムに関する論考(四)

                            橋元 淳一郎

編集後記

* ヴォルフガング・シュヴェントカー氏の〈「遠いおとぎの国」へのメッセージ —トーマス・マンから「日本への新年の挨拶」、1947-1954 は、このタイトルが示すように、トーマス・マンから届けられた日本への新年挨拶文であり、時期は1947年から1954年にわたる。年代が意味することは、敗戦後の世界と東西の冷戦である。かれは、ゲーテの「世界文学の到来」が喚起する「胸が膨らむような力」に深く心動かされていたのであり、「挨拶」文のなかで人道的普遍主義の思想を語っている。マンの「挨拶」文は、同時に志賀直哉と小林多喜二、さらに敗戦後米軍の接収を受ける志賀直哉旧居の世界につながっている。

* 東浦弘樹氏は、カミュ生誕百年のドキュメンタリー映画『カミュと生きる』に出演され、インタビューを受けている。氏は「『ペスト』再読」において人道主義的な見方からではなく、一小説としてその技巧や仕掛けを味わいたいという。解説を辿ってゆくと、つぎの一文に出会う。「ペストとの戦いの根元には、愛と幸福の希求がなければならないということをグランは体現している」。人間の生に見る究極の美しさがまさに金字塔のごとく刻まれる。氏は巧みな伏線と細部の照応に文学の美をいう。『ペスト』はこのことをみごとに描くのである。

* 平瀬礼太氏の「戦後の肉体 彫刻、マネキン、額縁ショウ」は敗戦のあと、世相を一変する美術の世界を描き出している。戦時体制のたがが外れた芸術の表現は柔らかな肉体へとそのテーマを換えながら打って変わる市井の社会にその身体を移す。現われたのは「女神たちの裸体」であり、マネキン作家たる彫刻家であり、さらには芸術たらんとする狡智の裸体「額縁ショウ」である。敗戦を契機に現われる世相がさながら水面に浮かぶ油面のごとくみごとに捉えられる。

* 呉谷充利の「文学にみる東西 —志賀直哉と谷崎潤一郎の関西移住— は、この二人の文学者の関西移住を東西の文化論に主題化する。志賀は東洋の古美術に惹かれ京都からさらに奈良に居を移し、谷崎は関東大震災を逃れて兵庫に移り住み、大阪弁に魅せられる。二人は江戸、東京にはない上方、関西の美の世界に触れる。東西の精神性の違いを「いき」と「すい」に見ながら、関西移住における志賀と谷崎の新たな美的経験において、それらの作品が完成されたことをいう。この東西の文化論においてさらに日本の近代が再考されている。

* 翻刻・解説 吉川仁子・弦巻克二両氏による池田小菊未発表原稿『朝顔』。題名の「朝顔」はこの作品が根底にもつ情感を現わして、谷崎潤一郎の『卍』や『細雪』をさえ彷彿させる。作家は「人間の働きが金額で換算されるが故に、人々は男らしさ、女らしさの美しいものを失つていくのだ」と書いている。池田小菊の透徹した人間へのまなこがあろう。吉川・弦巻両氏の翻刻によって世に出たこの作品は、原稿の散逸によって未完になっているものの名品を思わせる。文学史的・社会的視点を交えた詳細な解説が付せられる。原稿の散逸が惜しまれる。

* 橋元淳一郎氏の「宇宙の絨毯じゅうたん模様 時空とリズムに関する論考(四)」。氏は、時間の非可逆性について「その謎が宇宙のエントロピー(乱雑さ)の非対称性にある」と述べる。物理学の科学的知に捉えられるこの時間論において、氏は素粒子一個ぐらいのものでしかなかったという宇宙のはじまりにさらに迫ってその大きさはそもそもなく、0から次第に大きくなったという。その宇宙が「絨毯模様」をもって存在していることが述べられる。がその絨毯模様は、もはや、言語のいかなる形容も届かない神秘と無限の深さをもっていよう。

 

 


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